【インドの最新動向】インド移転価格調査の「質的変化」―件数減少の裏で深まる課税リスクとPE論点
インド進出企業を取り巻く税務環境は、常に変わり続けてきましたが、最近は移転価格課税等の観点でもまた大きな転換点を迎えています。かつてのような「数打てば当たる」式の調査は影を潜め、当局はデータ分析に基づいたピンポイントで高額な課税案件へとリソースを集中させており、移転価格はそのようなトレンドの中で重要なポイントになっています。
調査件数が減っているからといって、決して油断はできません。むしろ、一旦ターゲットになれば、インド独自のルールに基づいた執拗な追及を受けることになります。以下では、最新の動向と、日本企業が備えるべき実務の要諦を解説します。
1. 調査の「効率化」と「絞り込み」:件数減少の真意
近年のインド税務当局は、ITを駆使したリスク選定システムを導入し、効率的な税務執行を進めています。
- 無差別調査の終焉: 以前のように多くの企業を一律に調査するスタイルから、申告データや国外送金記録からリスクを検知した企業のみを抽出するスタイル(自動選定方式(CASS: Computer Aided Scrutiny Selection)の活用)へ移行しています。
- 「狙われたら、深い」: 調査件数や課税事案数自体は減少傾向にあるものの、一旦選定されると、毎年調査対象となる可能性が高くなるとされています。また、調査件数が減少しているといっても、いまだ約2,000社が調査対象となり、その1/3が更正に至り、年間600~700社が国内争訟等の手続きを行っているとされることから、ひとたび調査となれば、企業側の負担は多大です。
- セーフハーバーの拡充: 一方、2026年度予算案でも示された通り、一部の業種でセーフハーバー規定が整備されるなど、紛争を未然に防ぐ仕組みも整いつつあります。
2. 納税者を苦しめる「ローカルルール」と「現場調査官の裁量」
インドの税務調査は世界一困難ともいわれていますが、その理由は、いわば世界共通ルールであるOECDガイドラインに倣いつつもローカルルールがちりばめられた制度設計と、「現場調査官(TPO)の裁量の大きさ」にあるといえます。
インドの移転価格税制はOECD基準に基づきつつも、以下のような特徴があります。
- 広範な「関連者」の定義: 資本関係が薄くとも、経営や支配の実態、あるいは取引依存度などに基づき「関連者(AE)」とみなされるケースが多発します。また、近年では、取引関係がない中国本社とそのインドプロジェクトオフィス(PO)についても、ビジネス全体における関係性(本社の契約に基づきPOが損失計上することになったこと)に着目して移転価格税制が適用された裁判例も存在します。
- 特有の幅(レンジ)の概念: 統計学上の一般的な四分位範囲(25%-75%)ではなく、独自の「35%-65%タイル」レンジを適用するのがインドの通例です。この範囲外と判定された場合、レンジの端ではなく「中央値(メディアン)」への調整を強く求められる傾向があります。
一方、日本では所謂低付加価値IGS以外に観られない独自のセーフハーバールール(2013年規則)も存在します。しかし、従来は求められる利益水準が高すぎたため(ソフトウェア開発等でコストプラス20%〜22%、委託R&Dで同30%など)、利用が限定的と認識しています。なお、近年はこの形骸化を是正し、より現実的な基準への緩和や対象業種の拡大を図る改正の動きもあるようです。
また、TPOの裁量の大きさについては、以下のような特徴があると見聞きします。
- 属人的な判断と一貫性の欠如: 法令やガイドラインがあるにもかかわらず、担当調査官によって解釈が大きく異なるケースが常態化しています。前年の調査で認められた論点が翌年には否定されるケースなどもある模様で、予測可能性の低さが納税者を疲弊させています。
- 事実認定を巡る厳しい姿勢: 関連者間取引の範囲や役務提供の実態について、当局が納税者の提出資料を不十分とみなし、厳しい事実認定を行うケースが散見されます。現場レベルでの妥協が難しく、一見無理筋と思われるロジックであっても、ノルマや上層部の意向を背景に強硬な課税処分が下される傾向があるとされています。
- 紛争の長期化と司法判断: 現場レベルでの合意が困難な事案が多いが故に、不服申立てや裁判(ITAT等)を通じて長い歳月をかけて解決を図るケースが多くなっています。
3. 移転価格調査のトレンド
インドにおける移転価格調査、特に日系企業を含む外資系を対象とした調査では、以下のようなポイントが論点になる傾向があります。
- IGS(グループ内役務提供)/ロイヤルティ: アジア諸国などに広く観られる傾向ではありますが、親会社へ支払うマネジメントフィーやロイヤルティに対し、その「ベネフィット(便益)」がインド側にあるかを厳格に問われます。役務提供の実態が証明できないとして、対価を「ゼロ」としたり、大幅に減額すべきとして認定・更正される傾向があります。
- サービスプロバイダーのマークアップ: 単純なコストプラス型の受託サービスであっても、インド拠点が高度な機能を担っているとみなされ、例えば、25~30%など、高いマークアップ率を要求されるケースが目立ちます。
- マーケティング・インタンジブル: 特にインドにおける広告宣伝費率(額)が高い(多い)企業については、「インド子会社の支出が、親会社のブランド価値を高めている」という論理で、親会社から対価が支払われるべきとされるケースが観られます。もっとも、このような論点が争われている事案は多く、そのうちいくつかについては裁判所の判断を待つところであり、また納税者有利の判決になると目されているようです。
なお、当該論点については、国外関連取引が発生していないにも関わらず課税を図る、という論点であるため、インド側で課税を受けても、日本との相互協議対象にならない点が問題点として指摘されています。
なお、必ずしも調査事案ではありませんが、日系多国籍企業の中でも、インド展開・APA経験が豊富な総合商社についても独自の論点があります。従来、日印APAなどにおいては、ベリーレシオを適用するケースが一般的でしたが、近年は一部商社のインド法人の利益率が高くなっていることを背景に、口銭取引(インデント取引)と売買取引(プリンシパル取引)を区別して、前者には引き続きベリーレシオを適用する一方、後者には売上高営業利益率の適用が検討されているケースもあるようです。今後、上記のような発想は調査現場にも伝播すると思われますので、商社=ベリーレシオという先入観にとらわれず、正確・合理的な分析を心がけていく必要がありそうです。
4. 移転価格と並走する「PE(恒久的施設)認定」の脅威
移転価格調査が絞り込まれる一方で、当局が依然として「稼ぎどころ」としているのがPE課税です。
- PE認定課税のリスク: 特に代理人PEについては、判断材料が固定的PEなどよりも複雑で、移転価格以上に「現場調査官の主観」が入り込みやすいことから、思わぬPE認定、そしてそれによる課税リスクの要因になっています。
- 「PEの存否はさておき現実解として帰属所得を算定」という実務: 日印間の二重課税を排除すべく行われる相互協議の場面では、折り合いがつきづらいPEの存否については判断を棚上げし、帰属所得の配分を協議する実務が増えているようです。インド国内のユニラテラルAPAでは、全次案において帰属所得の問題はカバーしないこととされており、「独立企業間価格(ALP)にお墨付きは与えるが、(PEの)帰属所得は別問題」と整理されているようです。世界的には、帰属所得=ALPという解釈が一般的ですが、インドでは帰属所得=ALP+αと考えることから、PEに係る協議においては上記のような整理を図るようです。PE認定されてからも、二重課税排除にあたっては一筋縄ではいかない現実があると言えます。
5. 日印当局の「緊密な連携」がもたらす安定
インド国内の現場レベルでの解決が極めて困難だからこそ、日本企業にとって「当局間のチャネル」は唯一の救いとなっています。
- MAP(相互協議)による早期解決: インド国内の裁判所や不服審査機関での争いは、現場の硬直化した判断を覆すのに数年、場合によっては数十年単位の時間を要することも珍しくありません(また覆る保証もありません)。日印当局間の良好な関係を背景としたMAPは、特に日印間取引の規模が大きい多国籍企業にとって、現場の恣意的な課税を現実的な時間軸で解消する選択肢の一つになっています。
- APA(事前確認)の戦略的活用: 現場の調査官と「戦う」のではなく、APAを通じて上層部および日本当局とあらかじめ合意しておく。この「現場を飛び越えた合意」が、インドにおけるリスク管理の手段となっています。
おわりに:これからのインド税務対応
調査件数が減っている現在の状況は、企業にとっては「落ち着いてガバナンスを整える絶好のチャンス」と観ることもできるかもしれません。
ターゲットが絞られ、かつ現場の執行が先鋭化しているからこそ、自社の取引が「当局の網」にかかるリスクはないか。もし調査が来たら、現場の恣意的な追及に対して即座にロジカルに反論できるか。移転価格文書やガバナンスの質をこれまで以上に高め、必要に応じてAPAによって「現場の裁量」を封じ込めることを選択肢にする。このような「先回り」の対応が、今後のインドビジネスにおける成否の一因になると考えられます。
参考文献
河瀬哲弥、庄子雄基、山川博樹(2026)「インドの移転価格課税とPE課税の最新動向(前編)」『月刊 国際税務』2026年02月号(Vol.46), 国際税務研究会
河瀬哲弥、庄子雄基、山川博樹(2026)「インドの移転価格課税とPE課税の最新動向(後編)」『月刊 国際税務』2026年03月号(Vol.47), 国際税務研究会

