移転価格税制の概要について
- 移転価格税制とは何ですか?
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移転価格税制とは、多国籍企業グループ内で行われる取引に対して、第三者間(=独立企業間)での取引価格と同等の価格(独立企業間価格=Arm’s Length Price:ALP)で行われていることを求める税制です。
この税制の目的は、企業グループ内で恣意的に所得を海外に移転させ、租税回避を行うことを防止することにあります。
主に「国外に移転した所得に対する課税」がなされる仕組みであり、日本企業が海外子会社との取引で不適正な価格を設定した場合、日本国内で課税が発生する可能性があります。例:日本本社から海外子会社に商品の販売を行う場合
- ALPより安い価格で販売 → 日本で課税対象になる
- ALPより高い価格で販売 → 日本では課税されない
(ただし、相手国での課税リスクが発生する可能性あり)
取引価格がALPに合致しているかどうかの判断は、国ごとに解釈が異なる場合があるため、グループ全体でのバランスの取れた対応が求められます。一方的な視点ではなく、双方の税務当局による見解の違いを踏まえた慎重な設計と説明責任が重要です。
このように、移転価格税制は単なる形式的な価格のルールではなく、企業の国際税務リスク全体を左右する重要な制度と位置づけられます。応が求められます。
- どのような取引が対象になりますか?
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移転価格税制の対象は、国外関連者(※)との間で行われる取引全般です。資本取引(出資や配当等)を除いた商取引全般が含まれます。
対象となる主な取引例 内容 商品・原材料の売買 輸出入取引など 役務提供 技術支援、業務委託、人材派遣等 ロイヤルティ支払い 商標やノウハウなどの使用料 無形資産の譲渡 特許・著作権・営業権等 金融取引 貸付、保証、デリバティブ等 さらに、形式的に契約や対価が伴っていない場合でも、実態として国外関連者が利益を得ている取引は、課税対象と判断されることがあります。たとえば、無償の出張支援などがこれに該当しうるケースであり、このような場合には寄附金課税の形式を取ることが一般的です。
※国外関連者とは、親会社・子会社・兄弟会社など、一定の出資関係または実質的な支配関係がある法人を指します(定義は国ごとに異なります)。
対応の必要性とリスクについて
- なぜ移転価格税制への対応が必要なのですか?
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対応がなされていない場合、税務調査は税務当局の判断を起点として進み、企業側にとって予期しない課税や調整を強いられるリスクが高まります。
移転価格税制では、所得移転の「意思」の有無にかかわらず、結果として所得が国外に移転していれば課税対象となるため、悪意がなくても課税が生じる可能性があります。
対応を怠ることで生じうる主なリスク・特徴は以下のとおりです。
推定課税のリスク
- 納税者からの十分な資料提出がない場合、税務当局は具体的な根拠を示すことなく、一定の推定に基づいて課税を行うことが認められています。
- この「推定課税」は、制度上税務当局に認められた権限であり、文書などによる裏付けがなければ企業側にとっては非常に不利な状況になり得ます。
長期にわたる遡及調査
- 通常の税務調査では3~5年程度が一般的ですが、移転価格税制については、特別な事情がなくても最大で7年間さかのぼって更正処分が行われることがあります。
- 数年前の取引が現在の調査で課税対象とされる可能性があるため、一時的な対応ではなく、継続的な管理体制の構築が求められます。
少額の価格差でも高額課税に
実務上は、「国外関連者との取引金額の数%」といった算定方式によって更正金額が計算されることもあり、取引総額が大きければ、わずかな価格のブレでも多額の追徴課税につながる可能性があります。
グローバル対応の必要性
- OECDのBEPSプロジェクト以降、移転価格を含む国際税務分野への各国の関心が高まり、規制も強化されています。
- そのため、日本国内の対応だけでなく、取引相手国の税務当局からの指摘リスクも意識したバランスの取れた対応が必要です。
このような背景から、移転価格税制は「放置しておくと危険なリスク」として、早期かつ継続的な対応が求められる分野となっています。
- どのタイミングで対応を始めるべきですか?
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移転価格税制への対応は、国外関連会社との取引が発生するタイミングで開始することが原則として望ましいとされています。
その理由は、制度の本質が「取引の形式や方法」ではなく、結果として所得が海外に移転しているかどうかを判断基準としているためです。すなわち、取引を始めた時点から、潜在的な課税リスクはすでに発生していることになります。
早期対応のメリット
初期段階から対応を開始しておくことで、以下のような効果が期待できます:
- 不適切な価格設定の未然防止
適切な価格が設定されていれば、調査時の説明が容易になります。 - 税務調査時のスムーズな対応
文書化が整っていれば、当局とのやり取りにおいて不必要な誤解や議論を避けることができます。 - 後手対応に伴うコスト・手間の削減
後追いで文書を作成したり、説明を整えるには多くの工数とコストがかかります。初期対応は結果的に負担軽減につながります。
事後的な対応も可能なケース
やむを得ず事前に対応できなかった場合でも、以下のような対応によってリスクを低減できる可能性があります:
- 所得が海外に移転していなかった場合
適切に実態を整理し、文書化することで課税対象外である旨を説明できるよう準備します。 - 所得が移転していた場合
取引価格の見直しや、リスクを考慮した対応策を講じることで、以後のリスク増大を抑えることが可能です。
過去に対応済みでも再検討が必要な場合
度ローカルファイル等を作成した企業であっても、事業環境や取引内容が大きく変化した場合には再度の検討が必要です。
たとえば:
- 海外子会社の収益構造に大きな変化が生じた場合
- 取引金額や取扱商品に大幅な増減があった場合
- サプライチェーンや経営戦略の見直しが行われた場合
これらの変化があるにもかかわらず、過去の分析をそのまま使い回していると、調査時に「実態との乖離」が問題とされるリスクが高まります。
移転価格対応は一度で完結するものではなく、「発生時に初動対応し、継続的に見直していく体制を構築すること」が重要です。
- 不適切な価格設定の未然防止
実務対応の準備と文書化
- 最初に何を準備すれば良いですか?
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移転価格税制への対応を進めるにあたり、まずは実態を正確に把握し、合理的な価格設定の根拠を整えることが求められます。具体的には、以下のような準備が推奨されます。
- 国外関連者との取引内容の把握・整理
- 機能・資産・リスク(FAR)の実態分析
- 移転価格算定方法の選定と適用
- 契約書・価格設定方針の整備
- 上記プロセスの文書化
移転価格課税は「実態」に基づいて執行されるため、これらの準備を通じて、企業の取引が独立企業間価格に照らして妥当であることを説明できる状態を整えることが、初動として望ましい対応といえます。
- 文書化義務とは何ですか?
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国外関連取引を行う企業には、一定の文書を準備・保存する義務、すなわち「文書化義務」が課されています。これは、税務当局が企業の移転価格対応の妥当性を確認できるようにするための制度であり、取引規模や企業の属性に応じて求められる文書の種類が異なります。
主に求められる文書は以下のとおりです。
ローカルファイル(または相当する書類)
すべての企業が対象となるのが、いわゆる「ローカルファイル」あるいは「ローカルファイルに相当する書類」です。正式には、それぞれ「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類」「重要と認められる書類」とされます。
どちらの文書が必要となるかは、取引規模に応じて判定されます。なお、これらの文書は確定申告書の提出期限までに作成し、税務調査時には調査官が指定する期日までに提出する必要があります。マスターファイル(MF)
一定規模以上の多国籍企業グループに対しては、「マスターファイル」の作成・提出義務が課されます。
このファイルには、企業グループ全体の事業構造、主な無形資産、財務活動などの全体像が記載され、グループ横断的な移転価格リスクの把握を目的としています。国別報告書(CbCR)
「国別報告書」は、グループ各国の法人単位で、売上高、利益、納税額、従業員数などを一覧化した報告書です。
対象となるのは、最終親会社が一定の連結売上高を超える多国籍企業グループであり、BEPS行動13に基づき導入された国際的な報告義務です。最終親会社等届出事項(UPEN)
「UPEN(最終親会社等届出事項)」は、上記CbCRの提出対象であるか否かを税務当局に届け出るための文書です。これにより、CbCRの適用判定が適切に行われます。
これらのうち、MF・CbCR・UPENについては、いずれも提出義務が法律上明示されており、期限内提出が求められます。一方、ローカルファイルおよび相当する書類については、法律上は「保存義務」とされているものの、実務上は調査対応時に速やかに提示できる状態にしておく必要があるため、実質的には提出が前提となります。
- 文書を作成しないとどうなりますか?
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文書の種類によって対応しなかった場合のリスクは異なりますが、いずれも税務対応上の不利を招く可能性があるため注意が必要です。
- ローカルファイル
- 作成しなかったこと自体に直接的な罰則はありませんが、税務調査において調査官の指定日までに提出できない場合、税務当局は「推定課税」や「反面調査」を実施することができます。結果として、課税リスクが大幅に高まることになります。
- マスターファイル(MF)、国別報告書(CbCR)
- これらについては、正当な理由なく期限内に提出しなかった場合、30万円以下の罰金が科される可能性があります。形式面の不備であっても罰則の対象となるため、期限管理が重要です。
- 最終親会社等届出事項(UPEN)
- UPENには明示的な罰則規定はありませんが、CbCRの提出義務の判定に用いられる重要な届出であるため、提出を怠ることで制度上の支障や調査対応への影響が生じる可能性があります。
- ローカルファイル
対応を進めるための体制づくり
- 社内のどの部門が対応すべきですか?
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移転価格対応は、企業の規模や体制、対応経験によって担う部門が異なりますが、以下の部門の連携が不可欠です。
財務・税務・経理部門
税務調査やガバナンス体制を所管し、移転価格税制への中心的な対応部門となります。特に税務申告や会計処理と密接に関わるため、調整や文書化を主導するケースが多くなります。経営企画・法務部門
グループ全体の事業戦略や契約書管理など、移転価格対応の前提となる業務を担います。契約内容の整備や価格設定ポリシーの検討などにおいて、財務・税務部門と連携が求められます。海外事業部門・営業部門
実際の取引や価格交渉の現場を担うため、移転価格対応に関する実態把握や価格の根拠説明において重要な役割を果たします。取引内容の整理やヒアリングが必要な場面も多くなります。実際の対応においては、間接部門が中心となって体制を構築しつつ、必要に応じてフロント部門を巻き込む体制が一般的です。
特に、初めて対応に取り組む企業や、海外展開が始まったばかりの段階では、経営陣を含めた関係部門の役員レベルでの関与が求められるケースも少なくありません。 - 部専門家(税理士・コンサル)の活用は必要ですか?
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社内に移転価格対応の実務経験者がいない場合には、外部専門家の活用はほぼ不可欠といえます。特に以下のような場面では、専門的な支援が大きな効果を発揮します。
初めて移転価格対応を行う場合
移転価格税制の理解や制度への対応にあたり、初動を誤ることで将来的なリスクを抱える可能性があります。専門家のサポートにより、初期対応の方向性を適切に定め、効率的な対応体制を築くことができます。ベンチマーク分析やデータベースの利用が必要な場合
移転価格算定には、比較対象となる企業情報の収集・分析(ベンチマーク分析)が必要になるケースが多く見られます。
しかし、多くの企業にとって、移転価格対応のためだけに高額な商用データベースを契約するのは現実的ではないため、こうした分析を専門家に委ねることは合理的かつ実務的な選択です。税務当局との対応が想定される場合
調査対応において、税務当局との交渉や説明には一定の慣れや知見が求められます。こうした場面では、実務経験の豊富な専門家の関与により、対応の質と効率を大きく高めることが可能です。移転価格税制は、制度的な理解に加えて、実態と制度をどのように結びつけるかという解釈・判断が求められる領域です。
そのため、制度に精通した専門家の支援を受けることは、単なる業務代行にとどまらず、将来的なリスク管理や社内知見の醸成、ガバナンス強化にもつながる重要な選択肢といえます。 - どのくらいの費用や時間がかかりますか?
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費用や期間は、対象となる取引の内容や規模、対応範囲によって大きく異なりますが、一般的には数か月・数百万円規模のプロジェクトになるケースが多いといえます。
費用・期間の目安
- プロジェクト期間:数か月程度(初年度対応の場合)
- 費用規模:百数十万円~数百万円程度
※シンプルなケース(対象法人1社、棚卸資産中心の取引など)では、初年度で百数十万円程度に収まることもあります。
費用に影響する要因の例
- 対象法人の数(1社か複数か)
- 取引内容の複雑さ(棚卸資産、役務提供、無形資産、金融取引など)
- 市場環境の変化や特殊事情の有無
- 対応範囲(リスク分析のみか、ポリシー構築・文書作成までか)
- 社内の準備状況や過去対応の有無
このFAQは特筆しない限り執筆時点における日本の法令・実務に基づく見解を示したものになります(執筆時点:2025年6月)。





